『すくいあげる日』
2012年から2024年まで、20歳から32歳の12年間に綴った日記から、129の日記をすくいあげました。
「秋の日」「満月の日」「さえない日」など、時系列ではなく、10の章にまとめています。
--
どんな瞬間にもとどまることができない。
だからいつも慌てて、記号みたいな言葉を書きとめている。
完璧な夕暮れ、さえない日のコーヒー、冬の匂い。
ときどき光の粒みたいな瞬間に出会う。
とどまりたいと願わずにはいられない瞬間。
両手ですくおうとしても、指の隙間からこぼれ落ちてゆく。
そんな瞬間にあとどれだけ出会えるのだろう。
いつかここを去るとき、指の隙間からこぼれ落ちたもので、
わたしたちが歩いた場所がきらきら光っていますように
(序文より)
2024年8月20日
さっぱりした気持ちで満月の夜を歩きたいから、急いでシャワーを浴びて、髪を乾かした。タオルケットみたいな着心地のワンピースを頭からすっぽりかぶって、サンダルをつっかけて外へ出る。夜の暑さが少しだけやわらいできた気がする。晩夏だ。炭酸が飲みたくなって、セブンでスプライトの缶を買って、月を見上げながら歩く。こういう時間がいちばん好き、とわたしの声が聞こえる。
(『満月の日』より)
2024年8月23日
さえない日は、ただ生活を営めばいい。ごはんを炊いて、窓を開けて、水回りを掃除して、音楽を流して、コーヒーを淹れる。それだけで少しずつ気分がよくなるのを知っている。
日曜日は休息日なのだから、それくらいがちょうどいい。
(『さえない日』より)
2020年11月8日
記憶が消えてしまえばいいのにとはじめて思った。でもその記憶が、わたしを今日もここにつなぎ止めてくれている。どんな時間も通り過ぎてしまっただけで、本当は失ったわけじゃない。だれも呪わず、世界も呪わず、愛してもらったことだけを覚えていたい。ずっと貰ってばかりで、最後にあげられるのは手を離すことだけだった。
(『眠れない夜』より)
<装丁・ブックデザインについて>
デザイナーの水迫涼汰さんが担当しました。
表紙と裏表紙に無造作に散らばる光の粒は、夜空に浮かぶ星座のようにも見えます。
各章の扉ページは、半透明の紙に白で印字しています。付属の紺色の背景紙を敷くと、文字がそっと浮かび上がります。
『すくいあげる日』
初版第1刷発行:2024年12月8日
著者:草間柚佳
装丁:水迫涼汰
印刷:サンライズ
ページ数:87
1,500円(税込)